はなの日記

道草しながら散歩するように生きよう はなのささやかな日々

秋眠

ぼうっとしていたら

あっという間に10月が過ぎた

もう11月すら過ぎ去ろうとしている

 

この頃

とてものんびりとした生活を

送っているわたし

 

毎日

ほぼ同じような時間に起きてはいるが 

誰の為に早起きするわけでもない

 

決まった時間に

行くところがあるわけでもない

 

誰の為に何かしておかなきゃいけないってこともない

 

わたしが今日一日をどんな風に使おうと

誰も困らないし

誰も文句を言う者もいない

 

まるで隠居生活か

幼い頃の日々に戻ったようだ

 

さぞや退屈だろうと思われるかもしれないけどそんなことはない

 

365日淀みなく繰り返す生活の雑事は

やろうと思えば

いくらでもやることがある

 

ずーーっと

後回しにしてきた事

 

先送りにしてきた事

(同じか)

 

やりたくてもできなかった事

 

いろいろあることがわかっていても

忙しく日々を過ごしたいると

手をつけることができないまま

時間だけが過ぎてしまう

 

いま

たっぷりと余りある時間の中で

わがままに時間を使えることの贅沢を味わい、退屈を楽しみながら

自由でナマケモノな日々に

満足している

 

 

気持ちは平らかで

落ち着いていて

平和が淡々と流れる。。。。。

 

 

さて

何故こんな毎日なのかというと…

 

 

疲れたので休憩しているから〜〜

(「チコちゃんに叱られる」風)

 

 

そう、わたしは疲れてしまったのだ

 

 

 

休みついでにブログまで休憩していた

 

人生は

ちゃんと前に進んでいると

思っていたけれど

 

ある時から疑問に感じ始めた

 

 

わたしの今までの人生は

 

ちゃんと自分を

幸せにできていたのかな

 

このままこの調子で

進んでいっていいのかな

 

自身のケアは

じゅうぶんにできていたかどうか

検証、点検すべきじゃないのかな

 

ここいらではっきりさせよう

 

させなくちゃいけない

 

そう思って立ち止まった

 

突然に

 

 

強引にブレーキをかけない限り

意志をもって止まらない限り

周りはこんなもんだと思い込んでいるのだし

誰も気を使って

立ち止まらせてくれたりはしないのだし

 

自分のことは

自分でしましょう だ

 

人生は一度走り出すと

長い間止まることができなくなる

 

人生の棚卸し時期を作ってもいい

 

わたしの棚卸しのタイミングは

今なのだ

 

 

 

40代の後半を迎えてから

謎の腰痛やヒザ痛が突然起きて

いつの間にか治っているということが

何度かあった

 

病院に行っても特に原因もわからず

数週間、あるいは数ヶ月

痛みと付き合っていると

ある日治まっていることに気がつく

といった具合だ

 

後から考えてみると

そういう時は決まって

何か生活に大きな変化が起きた時や

ストレスを感じながら生活している時なのだった

 

その時は自分でもわからないのだが

振り返ると

確かにあの時は…

と、思い当たることがあり

 

からだとはなんと正直なのだろうと思う

 

本人が無意識なのにも関わらず

からだが勝手にサインを出したり微調整をしていることに感心してしまう

 

からだにもこころにも

休養と栄養を与えることが必要だと

真面目に考えたら

 

ちょっと止まらないと

できないかも…

 

という結論に相成り

こんな感じの毎日になった

 

 

日本の国民性として

働かないとか

頑張ってないとか

役に立ってないとか

 

そういう状態でいることが

何かいけないことをしているような

気がするものだが

 

自分に厳しいのが好きな日本人

過保護なくらいがちょうどいい

 

100年生きる時代に

ずっと走りっぱなしなんてムリムリ

 

人がどのタイミングで休もうと怠けようとそれはその人の自由だ

 

50年頑張ったら

休憩ぐらいとっても構わんだろう

 

10代や20代で休んでも

40代50代で頑張ればいい

 

人生100年みんな一緒に

足並み揃えるなんておかしな話

 

休める条件が整った時が休み時だ

 

休む時は思いっきり休む

 

朝起きて

今日の予定を考える

 

なかなか行けなかったところ

足が遠のいていたところ

見たかった場所

 

天気がいいとふらりと出掛ける

 

お腹が空いた時が食事の時間

眠くなった時が睡眠のサイン

 

ストレスフリーだから

いつでも余裕

調子は良好

 

甘えてるか

頑張ってるかなんて

他人が判断するものじゃなくて

本人にしかわからないもの

 

個人差だってある

 

もっともっと

自分の為に

沢山のご褒美と労いをプレゼント

 

たっぷり補給したら

また動き出せばいい

 

今まで粗末に扱ってゴメンよ

もっと自分を大切に

 

そしたらきっと

自分以外の人のことも

もっと大切に思える気がする

 

使った食器を

ひとつひとつ丁寧に手洗いして

乾いたら元の場所に戻して

 

また使っては

洗って乾かして戻す

 

そんな当たり前な動作の中に 

忘れていた幸福を感じて

自分の人生の評価も変わり始めた

 

不満だらけだった

 

「こんなに頑張ってるのになんで?」

 

いやいや、、、

あんた幸せだったんだよ。。。

 

 

 

 

仕事に、家事に、育児に、

充実した日々を送る人生も

眩しく素敵だし

わたしにはもうできないけれど

 

そんな人たちが疲れて

助けを求めた時

 

時間に拘束されない

居どころフリーな立場の人も

世の中にいてもいいんじゃないか

 

ずっと昔は

「この人何してる人なんだろう?…」

って人が

たまにいた気がする

 

 

それだけ世の中がきちんとしてきて

そういう人が生きにくくなっているんだろうな

 

 

みんな同じって世の中は

脆く危ういものが潜んでいるような

そんな気がするんだけどな

 

まずは自分に目を向けよ

自己チューとは違う

 

自分を大切にすることで

幸せを感じるセンサーが起動する

 

自分の心の声に背けば

周りを妬みグチが出る

 

自分のことは

周囲の視線ではなく

自分の視線で見ればよかったんだ

 

止まって良かった

止まらなきゃわかんなかった

 

怠けていたブログ

久し振りに書き込みながら

うたた寝していた

 

青い空が気持ちいい

 

もうじき寒い冬がやって来る

もうひと休みして

新しい季節を迎えましょ

 

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